知らなかった、だから、(創作)
雨が降ってた日になんとなく書いた嘘の話。
土砂降りの日にお姉さんに傘をもらったことがあるのは、本当です。
今日、私は雨が降るのを知らなかった。
だから、傘を持ってこなかった。
今日、自転車にはねられるのを知らなかった。
だから、いつもみたいに青信号を渡った。
このくらいの雨なら、私は傘なんてささなくて大丈夫だ。
どうせお風呂に入ったら体じゅう濡れるんだし、こんな雨で風邪をひくほど、私はやわじゃない。
小学生の頃国語の授業で、むしゃくしゃした主人公が土砂降りの雨の中を傘もささずに歩き、水たまりをわざと踏んで歩いてびしょ濡れになる話を読んだ。
先生は私に「◯◯ちゃんは、この主人公の行動を理解できる?」と聞いた。
私は、「はい、できます」と答えた。
「私も時々、この主人公と同じように、いっそのことずぶ濡れになっちゃって、自分も周りも全部ぐちゃぐちゃにしてしまいたいと、思います」
周りのクラスメートはきょとんとしていた。
「変なの」「雨なら傘をささなきゃいけないよ」と口々に言った。
先生はどんな顔をしていたか忘れてしまった。
あのときどんな答えを求められていたのかも、もうすっかり忘れてしまった。
最寄駅に着き辺りを見渡すと、私以外の人はみんな、傘をさしたり、かっぱを着たり、傘を持って迎えに来た人のもとに駆け寄ったりしていた。
めんどくさい。
やっぱり、傘をささずに帰ってしまおう。そう思い歩き出そうとしたとき、ふと、何年か前の雨の日の出来事を思い出した。
その日は、雨が地面を打つ音が響き、人々が思い思いの色の傘を頭の上に広げて歩いていた。
私はこの日も、傘を持っていなかった。
家まで歩いて15分。まあ、このまま帰っても大丈夫だろう。
ぺらぺらのビニール傘に500円も出すくらいなら、コンビニでシュークリームとエクレアを買ってお釣りをもらった方が、よっぽどいい。
そう思い傘をささずに歩いていたら、途中で急に知らないお姉さんに肩を叩かれた。
「風邪ひくよ!私の家ここだから。これさして帰りな」
お姉さんはそう言って、私にビニール傘を差し出した。
傘の手に、小さな星型のシールが貼ってあった。
私は断ろうとしたが、お姉さんがいいからいいからと言ってくれたので、とても申し訳なかったが傘を受け取った。
帰り道、星型のシールを何度も指で触りながら歩いた。
角度を変えるとキラキラ輝く、金色のシールだった。
よし、親切な誰かに傘をもらわないために、今日は傘を買おう。
私は、コンビニでたいして欲しくもない折り畳み傘を買った。
ひょうたんのような模様の入った、緑色の傘だった。
ぺらぺらのビニール傘を買うよりはいいかな、と思った。
周りの人と同じように、頭の上に傘を広げる。
思っていたよりも、雨は強かった。
傘にあたった雨粒が、ポポポポポポ、と音を立てる。
そのあと私は、自転車にはねられた。
ふしぎな柄の傘をさし、いつもの道をいつものように歩き、いつもと同じように青信号を渡った。
なぜかわからないけれど、赤い傘の揺れる自転車が突っ込んできて、私にぶつかった。
せっかく買った傘は、手から離れて道路に落ちた。
自転車に乗った人がさしていた赤い傘も、道路に落ちた。
ふたつの傘は道路に落ちてもなお、ポポポポポ、と雨音をたてながら静かに揺れていた。
今日、私は雨が降るのを知らなかった。
だから、傘を持ってこなかった。
今日、自転車にはねられるのを知らなかった。
だから、いつもみたいに青信号を渡った。
雨が降ると、私はこの日の不思議な出来事を思い出す。
雨の中、しぶしぶ買ったひょうたん柄の傘をさし、おまけに自転車にはねられた日。
今思い出しても、へんてこだ。
最近では、自宅を出る前に必ず天気予報を見る。
雨が降りそうなら、折り畳み傘をかばんに入れる。
親切な人に傘をもらわないために。
欲しくもない傘を買わないために。
自転車に、はねられないように。
たまには、あのときの主人公のように水たまりを踏んで歩き、自分も周りもぐちゃぐちゃにしてみたいなとも思うけれど。
雨の日も、そんなに悪くない。
傘をさしても、ささなくても、ふしぎな思い出ができる。